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永い後日談のネクロニカ紹介記事【世界観編】

 どうも、私です。身内で初めましての人は居ないでしょうが、関係無く読んでくれている人は初めまして。シュン、ないしは外部においてはSchuldでも通るかも知れません。

 今回は紹介記事ということで、旧つぎはぎ本舗、現インコグラボが発行しているTRPG、“永い後日談のネクロニカ”に関して紹介したいと思います。ただ、私の文章が割と冗長になりがちな上、世界観から語るとキリがないので【世界観編】【システム編】の二部構成でお送りしたいと思います。しかし、紹介記事を書くという話題は割とでるのに、随分と遅く仕上げた私がシステム紹介記事第一号とは、たまげたなぁ……。

 では、今回はゲームの世界に没入するに当たって必要な【世界観】から解説していこうと思います。
はい、まずは以下の画像をご覧下さい。永い後日談のネクロニカ、その基本ルールブックです。

ネクロニカ 表紙

 帯、帯……帯、何が言いたいかは分かります、とりあえず雰囲気を察して頂ければありがたいかと。はい、グロ、リョナ、鬱要素満載、R-18というよりもTeam R-typeの匂いがするような作品です。香しいですね。苦手な方はブラウザバックお願いします。

 ポストアポカリプス、文明が滅んだ後の世界が舞台となるシステムで、戦闘ありダンジョンハックありシティありの狂った方向にオールマイティな内容となっております。最近よくある色々できるよ! 的なシステムですね。

 世界観はポストアポカリプスそのまんま。空は夕紫の淀んだ色に染まり、空気は停滞して濁り、水は腐り果てました。世界中を覆った核戦争の余波は世界を舐め尽くして放射線汚染が立ち込め、長い長い氷河期の終わり。雪が去った後の海には世界中からの漂流物が流れ着き、ゴミが絨毯のように海岸線へと敷き詰められている状態。世は正に世紀末、腐った街角で僕等は拳を握りしめて出会います。

 ヨハネの黙示録において、週末の喇叭が鳴り響くとあらゆる災害が巻き起こり“死者が蘇る”と言われています。この世界は正に喇叭が鳴り響いた後の世界。科学技術で人間の自我、その構造や発生過程が完全に解明され、多角的な利用方法が見いだされてしまったが故に滅んだ世界にございます。過ぎた玩具を持った途端世界を滅ぼすとか、どっかのAIに悪魔の猿とか言われてもシカタナイネ。ナノマシンで再生した死体に人工的に作りだした自我や別の身体から転写した自我を搭載して動かす兵器、“アンデッド”を人類は開発しました。死なず、朽ちず、そして壊れても修理できる命を持たない兵隊は、人類が死ぬ愚かな戦争を無くしたと世の中に受け容れられました。戦争は全て死なないお人形が行い、政治としての戦争は一種の技術競争とショービジネスになって世界は安泰……とはいきませんでした。

 死なない兵隊、壊れても修理して前線に送り込み続けられる兵士の群れは、当然の帰結として泥沼戦線を構築。結果として戦況は閉塞し、終わりが見えない戦争だけが続きます。最終的には、そんな戦線が世界中に展開された上、テロリズムなんぞの影響もあって焦れた一部の国家が核攻撃を断行。連鎖的に発生した報復攻撃が惑星を覆い、文明はパタンとドミノのように倒れました…… 。

 しかし、死人と人類は息絶えていなかった! 人類は以外としぶとい生き物で、核の吐息に撫でられた地域でもシェルターや頑強な軍事施設に籠もって多くが生き延びました。そして、人間のように放射線程度では死に絶えないアンデッドも多く地上に残る事になりました。生き残った人類は、人類の業の深さを嘆いて細々と復興に……勤しんだりはしません。滅ぼうと何だろうと人類の愚かさは変わらないわけです。何処かの変態仮面大歓喜。

 さて、戦争の為に大量に作り出された“アンデッド”ですが、これを作り出すには一定の設備と死体さえあれば良いのですが、何が問題かと言えば、アンデッド技術が普遍化する前に世界中にネット通信網をばらまかれて拡散してしまったことです。Torrentって怖いね、という話なのかどうかはさておき、これによって“アンデッド”を作り出す技術、ありったけの皮肉を込めて付けられた俗称“ネクロマンシー”を体得した人間が世界中に大勢産まれてしまいました。その上、実際に体得できてしまうようなキチ○イは、割と設備だって簡単に揃えてしまいます。そんな“ネクロマンシー”を習得した“ネクロマンサー”達は核による最終戦争の後も雑草の根っこの如くしぶとく生き残ってしまった訳です。

 さぁ、自分を縛る柵は何も無くなった。“ネクロマンシー”で自分を強化したりしつつ大量の“アンデッド”を囲んで好き勝手をやれるぞ! とばかりに総数の分からない“ネクロマンサー”達は人生を謳歌します。死体を改造して軍団を作り、地上から品を集め、時には自作の綺麗な“アンデッド”に自我を与えて観察したり、剰え恋愛しちゃったりもしました。物資が足りなきゃ外に出て野良の“アンデッド”をひっ捕まえるか生き残った人類のシェルターを襲えば良いのです、それはもう好き勝手やりまくれる日々。

 ただし、死体を弄くり自我に細工し生に冒涜の限りを尽くして尚知性を保てる精神的頑強さを持つ“ネクロマンサー”は、その殆どが狂人です。狂人は何が楽しいのか面白いのかを我々とは異なる感性で見つめます。そして、盲目的に自分達に跪く者達に囲まれた生活に飽きた彼等は“完全に自由な自我”を持った“アンデッド”を作り出します。制御下に無い彼女達ですから、それはもう“ネクロマンサー”の想定をも越えた動きをしてくれるはず。それが楽しいと、狂った彼等は自我を持ったアンデッド“ドール”との遊びに興じ始めたのです。制御下に無い彼女らの反応を観察し、時にはちょっかいを出し、時には弄び、その全てを自らの享楽に使い倒します。

 されど、“ドール”は縛られ得ぬ自我を持った、繰り糸の切れた操り人形。当然、その自我は弄ばれることを良しとしません。勿論、“ネクロマンサー”も終わりが決まり切った劇では楽しめないので、自らの喉元に届くほどに長い刃を彼等に与えます。多数に並べた“レギオン”を嗾け、高性能なアンデッド“ホラー”を差し向け、そして、自らの眼前に立ち、自由を得んとする“ドール”達を最高傑作の下僕“サヴァント”で迎え撃つ。その結末に待つのが無残な死であろうと“ネクロマンサー”は構わないのです。自らの暇を慰め、目的を果たすためならば何でもする、例えそれが道に外れ、誰にも理解されないことであっても。だって、彼等は狂人なのですから。

 これが、長い後日談のネクロニカのお話。綴られてしまった背表紙の向こう側、誰にも読まれず、編纂されず、記録に残ることも無い、死人が贈る死人の為の後奏曲。例え幕が降りようと、演者が並んで腰を折ろうと、無人の観客席からは拍手もアンコールが響く事のない部隊の茶番。カーテンフォールのその向こう、終わった死人が繰り為すグランギニョールをどうか心ゆくまでお楽しみあれ。

【補足】
・アンデッドって何?
 自我境界性理論と呼ばれる自我の発生を解き明かした理論によって実現された、人造の自我を宿し動く死体です。粘菌コンピューターと呼ばれる菌類を基礎とした生体コンピューターを皮下に充填し、生体機械や機械部品で身体を再構築され、新造された自我や死人の自我を再現した自我をソフトとして動かされています。

 自我は制作者が望む儘にカスタマイズできるので、獣程度の自我から人間と同等の自我まで好きに作れるので様々なアンデッドが存在しています。また、死体であればよいので様々な形態のアンデッドが作られました。その多くが軍事利用され、核戦争や、その後に訪れた核の冬を乗り切って無数の個体が今も動き続けています。

 また、その中枢はソフトを封入し、死体というハードを管制する粘菌コンピューターに他ならないので、例え頭を潰されようとバラバラにされようとアンデッドが死ぬことは無い。アンデッドを殺そうと思えば、完全に死体を焼き潰すか、粘菌コンピューターを無力化する特殊な薬液か酵素、極小機械を用いる他に無い。

・ネクロマンサーって何?
 ネクロマンシー、死体操作技術を用いてアンデッドを管制する存在の総称。本来はオカルトと科学の曖昧な部分に存在していた技術を揶揄するための呼び方だったが、頭に螺子を閉める穴が空いていなかった連中なので、自ら気に入って名乗るようになる。

 ゲームとしては、死体を生産し管制しPC達を脅かす存在。故に、核の冬を生き延びた地下の技術者でも良いし、戦争が終わった後も動き続けている工場の管制AIでも構いません。
 ですが、その形態が如何なる物であれ、長い孤独に堪えず死体を切り刻み自我を悩ませる事に喜びを覚える狂人であることに違いはありません。どれだけ紳士然とした貴公子であっても、年嵩の近い微笑みが素敵な美少女であっても信用してはいけません。彼等はみんな、PC達をどうやって弄んでやろうか内心で舌なめずりしている狂人に過ぎないのですから。

・ドール
 ネクロマンサーが丹精込めて作ったハイスペックなアンデッドがPLの操るPCです。その全てが年頃の乙女の容姿をしており、精神も容姿に近い物をしています。何故かというと、老成した大人ではいたぶった所で返ってくる反応は大抵一緒で、弄んでもつまらないからです。ともすれば成熟した彼等の精神は苦境も容易く受け止めてしまうかもしれません。ですが、それではつまらない。

 長い長い暇を潰す余興の模索、その結果ネクロマンサーは不安定で千差万別、砂糖菓子のように甘く、ほんの少しのスパイスが利いた乙女の精神に目を付けます。少女と呼ばれる年代の子供の精神は未完成で未発達、ちょっとした事であっても様々な反応を見せてくれます。そこがネクロマンサーの気に入った部分なのでしょう。よって、ドール達はネクロマンサーの嗜好に従って10代の少女としての精神を持ち、儚い少女の身体を与えられます。しかして、その身体にはちぐはぐな大きな武器や改造、変異を有し、頭には学んだことも無い戦闘技術が押し込められているのですから、不安定さは推して知るべし。その不安定な塔を突き回して反応を見るのが、これまた彼等にとっては楽しいのです。

 されども、未成熟で脆い少女の精神には、世界が全て滅び去り、自分の家族も何もかもが消え失せて、己すらも死人であるという事実は大変重い物です。それこそ、彼女達の精神を押し潰してしまうほどに。故に、ネクロマンサーは重い事実に少女達が潰されないように、その記憶の大部分を奪っています。そして、現状を認識させるために、ほんの少しの記憶と宝物を置いていくのです。

 与えられたのは死人の身体と有り余る武器、そして微かな記憶の欠片と、たった一つのたからもの。最後に、もっとも大切な寄る辺となるべき姉妹達。ネクロマンサーは孤独であっても知性を保てるからこそ狂人なのです。ドールは少女としての薄弱な精神しか持ち合わせていません。だからこそ、頼るべき姉妹、守るべき姉妹と寄り添って心の安寧を保ちます。それしか生きる術がないのですから。

 大きな武器と小さなたからもの、そして唯一無二の姉妹達。大海に漂う小さな板きれであっても、それが命を繋ぐのであれば掛け替えのないものであることに違いありません。姉妹は姉妹として助け合いながらでなければいきていけません。ドールがドールであるために、少女が少女であるために。姉妹は全員で一つの生き物と言えるのです。それを努々お忘れなきように。

・サヴァント
 PL達と同様に、手間暇を掛けてコスト度外視の設計をなされたアンデッド。その点に冠してはドール達と同じだが、彼女らは盲目的に主であるネクロマンサーへ中世を捧ぐ本物の操り人形である。

 所謂中ボスからラスボスまでをこなすハイスペックなキャラ。モブと違って個体名があったり、強そうな雰囲気をした少女が出て来たらサヴァントだと疑って下さい。サヴァントはネクロマンサーに服従する過程で心酔していたり精神を病んでいる事が多く、その殆どがドール達との対話に応じなかったり、応じたとしても説得はできないものが殆どです。敵だと割り切りましょう。

 しかし、彼女達を打倒し、ネクロマンサーの支配から解き放った場合、サヴァントは束縛されぬ自我を得てドールとなり、姉妹達の輪に加わることもありえます。そんな彼女は自らの立場を用い、敵対しているネクロマンサーの重要な情報をくれたり、重要な施設に導いてくれることもあるでしょう。敵だからといって、憎むだけではいけません、彼女達にも事情があるのですから。
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